2010年3月30日

WindowsVistaXP

やらかしてしまいました。

というのも、結論は変なexeファイルを踏んで、「ポクン」という音と共に何かが弾ける映像が現れました。間違いない、と思い、慌ててウイルススキャン。そしたら全く関係のないウイルスまで現れました。うーん。微妙。

PCインストラクターのマリアのパソコンなので、もう一度ウイルススキャンをしろと念を押して、頼まれていたSDカードからの写真の移動の説明をします。



今日は不思議パソコンとの出会いでした。

SDカードのデータを読み込まない(認識していない)という事だったので、デバイスドライバを更新したり、インストールしたりしたのですが、認識せず。
デバイスマネージャにドライバは存在してるのにリムーバブルディスクとして出てきてない。物理的な故障?
その理由を調べていると、OSがよく分からない使用
に。。















「Windows Vista」とテカテカのプロダクトシールが貼ってあるのに、コンピュータのプロパティから見ると、「WindowsXP service pack2」。???
見た目は完全にVista。見た目をVistaにするソフト?でもシールはVista。拾ってきた?
再起動すると、やっぱりWindowsXPのロゴ。ジャンク品??ナミビアはジャンクほとんどないのに。
他にもデスクトップを彩る色んなソフトをインストールしてるみたいで、何が原因やらさっぱり。
でも、WindowsXPはservice pack2。こっちからやれよ、と思います。

これは遊び甲斐があると、意気込んでいたら、早く帰りたいので、後1時間で返して、とのこと。
バックアップとって終わってしまう、と思ったので、余計な事はせずに返却しました。
こちらの人は、ウイルスも不具合もどうでもよくて、要は使えれば満足のようです。

マイクロソフトオフィスの授業はすごく上手い。
生徒たちもかなり真剣に聞いています。

でも彼女のパソコンは確実に問題児です。

2010年3月26日

リンダ・リンダ

ほんの少しだけ変化が出てきました。


いつもは出来ない事は私に全部させて一切覚えようとしないPCインストラクターのマリアが率先してウィルス駆除の方法を教えてくれと言って来ました。

背中で語ってやる、と思って一切何も言わなかったのですが、少し理解してくれたみたいです。
ソフトのインストールもおぼつかない彼女ですが、知識だけは本当に豊富で説明はすごくやり易いです。

CDからブートするタイプのアンチウィルスソフトの使い方を教える時、BIOSって分かるかと尋ねると、
「Basic Input Output System ね。」
と自信満々です。私は総称を知りません。

思いのほか素直に指示を聞いて、これからは自分でやってみて分からないときは尋ねる、とすごく前向きです。
毎日の雑談やコミュニケーションが少し報われた気がしています。



少し前に同僚に日本の音楽をあげました。

今日部屋から「リンダリンダ~~」と鼻唄が聴こえてきました。

少しずつ、近づけてる気がしました。

2010年3月23日

オウタピ散歩

散歩しました。

うちの目の前のバオバブの木です。



















その横のスーパーマーケット。



















前の大通りです。



















横道にそれます。
























そしてチャイナショップと銀行。



















幼稚園。



















私の通勤路です。毎日歩いてます。



















同僚と合流。今日は彼女の誕生日会。



















同僚3人で記念撮影しました。



















またもやバオバブツリー。



















勤務先の前の通り。町の方へ向います。



















近くに、ザンディ、ルアカナ、オシャカティという町があります。



















結構町の中心。スーパー、銀行、チャイナショップ、家具屋、洋服屋、バーなどがあります。



















帰り道。うちの前の大通りです。



















うちの入り口の道。雨が降ると水没して通れません。

























そして、家。最近落ち着けるようになりました。


















オウタピの西側散歩でした。


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2010年3月21日

独立記念日 20th anniversary
















3月21日はナミビアの独立記念日です。

今年で独立20周年のとても若い国です。
私でさえ小学校5年生くらいなので、結構みんなが独立戦争のことなどを鮮明に覚えています。
平和にボケた私には非常に勉強になります。
私がビールを飲みながらブログを書いているこの瞬間にもどこかの国では戦争が行われています。



ナミビアは、19世紀半ば頃にイギリスがケープ植民地(オランダ東インド会社が設立した南アフリカの植民地)の往来の為に一部の地域の領有を開始し、その後19世紀後半にドイツがその他の地域を南西アフリカとして保護領化しました。

その後、第一次世界大戦中の1915年に南アフリカ連邦(現南アフリカ)が南西アフリカを占領。
戦後も国際連盟によって南アの委任統治領とされました。
そのまま第二次世界大戦まで南アの委任統治が行われ、国際連合の信託統治領決議も拒否し、二次大戦後も国際法的には違法な形で南アによる実行支配が続けられました。
また、南アフリカは本国と同様に、世界的に悪名高いアパルトヘイト(人種隔離政策)を行い、国際的な非難とともにナミビア本国における独立運動の高揚を招きました。

そして1966年、南西アフリカ人民機構(SWAPO)の武装蜂起によってナミビア独立戦争が始まりました。1975年にポルトガル領だったアンゴラが独立し、アンゴラ内戦が始まると、ナミビアはアンゴラに介入する南アの国防軍の拠点となりました。
1988年2月の戦いで、アンゴラ・キューバ・SWAPO連合軍が南アフリカ軍の攻勢を阻止し、南アはアンゴラからの撤退を表明しました。
このときの戦いの消耗により、南アはアメリカに提示された、ナミビア独立と、キューバ軍のアンゴラ撤退の交換条件を飲むに至り、ナミビアは独立を達成しました。




独立の時に多くの血が流れました。私のいる北部オウタピはアンゴラの国境に隣接していて、
独立戦争・アンゴラ内戦の時に勇敢に戦った人たちもたくさん居ます。


日本は「戦争放棄」という条文を憲法に持つ素晴らしい国です。
我々の祖父母世代が作り上げた「平和」の意味をもう一度じっくり考える必要があると思います。




Republic of Namibia              ナミビア共和国

Namibia, land of the brave,         ナミビア、勇者の土地、
Freedom’s fight we have won       自由の戦いに私たちは勝った、
Glory to their bravery,           彼らの勇敢に栄光を
Whose blood waters our freedom.    彼らの血は私たちの自由を潤す。
We give our love and loyalty       私たちは愛と忠誠を与える
Together in unity,              一緒に団結して、
Contrasting beautiful Namibia,      美しいナミビア、
Namibia our country.            私たちの国を対照させながら。
Beloved land of savannahs        サバンナの最愛の土地が
Hold high the banner of liberty.      自由の旗を高く掲げんことを。



Namibia our Country            ナミビア、私たちの国、
Namibia Motherland             ナミビア、母国
We love thee                 私たちは汝を愛する。



君が代


君が代は、千代に八千代に

さざれ石の巌となりて

こけのむすまで



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2010年3月19日

文化?性格?

たくさんのインストレーションCDと説明書等が出てきました。

開いた口が塞がりません。。

赴任した初日から今日まで、ここで保管しているパソコン関係のCDや資料などは全部くれ、または教えてくれと言い続けてきました。

これで全部だ、とXPのインストールCD、NEROのCDなどほか数枚のディスクだけ。
他の資料やディスクは全部首都に預けたと一点張りでした。

いろんなディスクやパスワード、シリアルナンバーなどのために首都に毎回問い合わせて、待つ事一ヶ月。
棚の奥底からボロボロッと色んなものが大量に出てきました。

どうやら新しいのがかっこよくて、古いのはかっこ悪いという思考で
私に見栄を張るために古い製品などを隠していたらしいです。

取り寄せていたものは実際になかったので良かったのですが、それにしても、訳が分かりません。
PCインストラクターが不在になる4月に、PCルームの資料を徹底的に調べる必要がありそうです。

見栄を張る分には構わないので、出来れば個人的な見栄でお願いしたいです。


そういえば、リペア中にディスプレイの電源ケーブルが爆発しました。

幸い軽症で済んだのですが、みなさんも不安定な電圧にはくれぐれも注意してください。

2010年3月17日

本当の英語?

アメリカ人とランチに行きました。


スイス人のベンジャミンとアメリカ人
のエミリとパティ、それと私でレストランで食事します。

ドキドキしながら食事していたら、珍しい事が発覚しました。
パティの両親は日本人で、ハワイに
移住。国籍はアメリカですが、日本のことも少し知っています。
祖父母は熊本、広島出身だそうです。


日本語は話せないので、会話は大変なのですが、日本人に慣れてる分聞き取りやすく話してくれます。


問題はエミリです。生粋のアメリカ人で、会話がほとんど聞き取れません。
英語の先生でナミビアに来ていて、近くの村の学校で教えています。


会話を何度か試みたのですが、私が聞き取れないので成立しません。

決して難しい事を言ってるわけじゃなくて、すごくきれいな英語を話しているのも何となく分かるのですが、とにかく早い。
少しゆっくりと頼んでも、それでも早くて部分的にしか理解できません。

ベンジャミンに、「早すぎてわからん。」と愚痴を漏らしていると、聞こえたら
しく、
「英語を教えてあげるよ」と、ありがたい提案を頂きました。
ネイティブ英語教師ゲットです。



ある意味、本当に有意義なランチでした。

自分の今の本当の英語力が確認きました。

やはり母国語が英語の国はスピードが違います。しかも聞いていて心地よいです。
ああなりたいと思うのは贅沢かもしれませんが、努力する価値はありそうです。


ローマは一日にして成らず。 Rome was not built in a day.

英語も一日にして成らず。 English is not built in a day,either.

筋肉も一日にして成らず。 Muscle is not built in a day,either.

2010年3月16日

Namibian soccer

ナミビア人とサッカーしました。

学校のグラウンドでサッカーしたのですが、地面はボコボコです。
まずはサッカーよりも地面に慣れる事に全力を尽くします。

集まっているのは多分25~35歳くらいがほとんどで、そんなに上手くはありません。ですが、意外とウォーミングアップやストレッチもみんなでやって、まるで高校の部活のようです。

チーム分けで片方のチームが上着を脱ぐ事になったのですが、
黒人に混じって上半身裸で過ごすのも悪くありません。
少し強くなった気がします。

試合が始まると、やはり身体能力の高さは圧巻です。
個人プレイが多く、魅せるプレーが大好きみたいです。
穴ぼこのグラウンドで全力疾走する強靭な肉体を、日本人は見習うべきだと思います。

サッカーの後は、やはりスポーツ特有の仲間意識が芽生え、すっかりフレンドです。
突然入ってきたアジア人をすんなり受け入れてくれてありがとう。


暗くなりかけた道をジョギングで帰っていたら、犬に追いかけられました。

ナミビアに来て、犬だけには慣れる事が出来ません。

2010年3月13日

フライデイ・ナイト

ベンジャミンが遊びに来ました。


彼は、スイス人ボランティアで、教育省で働いています。
コンピュータの技術者なので、困ったときに色々と助けてくれます。
とてもいい人です。

アメリカ人ボランティアと食事会の予定だったのですが、
明日に延期になったので、二人で適当に料理を作ってダラダラと過ごします。


徒然ない話をしながら、内容は私の英語力の話になりました。

アフリカの英語は、人によってレベルの差が激しくて、
聞き取れても分からない事が普通にあります。

スイスは公用語が4つあって、
ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語を話します。
で、英語はどうやら普通に話すみたいです。


英語のアドバイスを受けました。

BBCのニュースを毎週聞け、そしてその記事を読め。

PODCAST(ラジオなどをmp3プレイヤーにダウンロードしていつでも聞けるようにする機能)
を使ってヒアリングして、その記事(英国エコノミスト誌)も同時に読んで内容を確認しろ、
そして繰り返せ。

ということです。

エコノミストは彼がナミビアでも購読してるらしく、それをくれるそうです。

そして、アメリカ人のボランティアが英語の教師なので、
そいつらと毎週話せ、と。

アフリカの英語は独特だから、それ自体からは学ばない方がよい、言われました。

早速明日から私のi-podはBBCになりそうです。


元々は、妹の旦那と普通に話したい、という小さな願望から始まった私の英語ですが、意外とそのハードルは高かったみたいです。


遠いアフリカで、ヨーロッパ人やアメリカ人に助けられる事になりそうです。


いろんな国の人と言葉の壁なしに話せたら、少し世界が違って見えるかも、と期待してしまいます。

2010年3月12日

ジム筋肉日記

ジムに行ってきました。


省庁管轄のトレーニング施設という事で、月額20ナミビアドル(250円くらい)
という破格の値段で結構普通のマシンが使えます。

久しぶりのマシンの使用で、自分自身に驚愕しました。

弱すぎます。

屈強な黒人ファイターに混じってやるウェイトではありません。


ただでさえ筋肉の素質抜群の戦士たちが、さらにその肉体を鍛え上げているので、
その光景は日本のそれをはるかに凌ぎます。
アスリートレベルになると、日本の方が勝ってるかなと思いますが、、
そんな事よりやはり、自分の貧弱さです。

少し詳しくいうと、大胸筋、三角筋、上腕二頭筋がかなり筋力が落ちていて、
広背筋、上腕三頭筋、大腿四頭筋は筋力自体はそんなに落ちてなかったです。

以前の半分のウェイトを必死で持ち上げている自分に悲しくなります。
筋肉は嘘をつきません。この一年の自分のサボりっぷりが顕著に現れています。


余談ですが、大胸筋を鍛えると、自尊心が強くなる(自信がつく)そうです。
オールアウト(筋力を使い切る)すると、頭が真っ白になって、気持ちがリセットできます。


そんなこんなで調子に乗ってトレーニングしていたら、
久しぶりに眩暈と吐き気が襲ってきました。

眩暈と吐き気の後は、大体変な恍惚感が来るので、嫌いではありません。


写真を撮りたかったのですが、気迫に押されて撮れませんでした。

隙を見てトレーニングの様子も紹介できればと思ってます。

2010年3月8日

北部送別会 19-4

19年度4次隊の送別会に行ってきました。


昼からプールサイドでビールを飲むという贅沢をしながら(土曜日)、先輩隊員の2年間の話を拝聴します。

来て2ヶ月、任地では1ヶ月の私たちと、何だかんだで発展途上国で2年を乗り切った彼らとでは、内からみなぎる自信と余裕が少し違います。

みんな何もないような顔して、結構ハードな体験をしています。
日本とはまた違った、文化や習慣に対する苦労、成り立っていないシステムの中での生活、日本では起こりえない、選挙時の暴動、内戦への不安、いつまで経っても完結しない仕事、などなど。


そんな中で、共通して感じた事は、自分から動かないと何も始まらないという事です。


言い訳や、責任転嫁できることはたくさんあります。
言葉、文化、習慣、気候。すべての日本とは違うこと。

すべての事を自分の中で、たまには助け合いながら消化して、
自分が出来る最大限の事をやっていく。


先輩方の言葉に助けられた気がします。

最近、環境や文化のせいにして少し逃げていたような気もします。


自分が弱気になったとき、人とか本とか、いつも誰かが何かが助けてくれます。

私を支えてくれているすべてに感謝します。
















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2010年3月5日

初風邪

風邪をひきました。

水曜日の午後くらいから急に咳が出だしたですが、
木曜日の朝には明らかな普段と違う具合を久しぶりに感じました。
扁桃腺のあたりが痛くて、熱が出る予感です。

日本なら無理してでも出社するのですが、
ここアフリカで意地でも病院にかかるつもりはないので
大事を取ってお休みを取りました。

昼まで寝て、午後は換気をしてゆったりと過ごします。
なぜかソワソワして不思議な気分でしたが、
夕方頃にそのソワソワ感にも慣れてきました。

そして金曜日、体が熱っぽくて、唾を飲み込むと痛いです。
関節も痛いので、おそらく風邪真っ只中だと思います。
パブロンを探しながら、早めの対応にホッとしています。
こんな所で寝込んだら寂しくてたまったものではありません。


きっと他のみんなもこの1ヶ月2ヶ月の慣れてきた頃に
ストンと体調を崩したりしてるのかなと思います。

まだ元気な方は、もし体調が悪くなったら無理せず早めの対応を。
気が緩んだ瞬間にウイルスは入り込んできます。

みんな無事に楽しく2年間を終えれたらと思っています。

2010年3月3日

1ヶ月

オウタピに来て約1ヶ月が過ぎました。


来た当初は全く聞き取れなかったアフリカンイングリッシュも
少しは聞こえるようになってきました。

それに伴い、自分の意見も少しずつ言う必要が出てきました。

私の当初の要請内容は、ワード・エクセルの指導、パソコンのメンテナンス、
スタッフへのパソコンスキルの指導、でした。

現在は、パソコンのリペア、ワード・エクセル授業の補佐、ハードウェアの授業の実施、
パソコンのメンテナンス、メンテナンス指導、PCインストラクターのスキルアップ、です。

ハードウェアの授業(もしかしたらネットワークも)が全く要請にはなかったのですが、
今一度勉強し直そうと思っていたのでとても良い機会です。
英語で説明するというハードルはありますが、なかなか楽しめそうな気もします。
技術補完研修英語バージョンです。来期の授業から始める事になります。



1ヶ月目にして、初めて言い争いをしました。

かなりイラっとしたのですが、最初の頃は聞き取る事に一生懸命で
こちらから物申すなんてとんでもない話だったので、
少しだけ進歩した証拠なのかもしれません。
現地語でコソコソっと話すのには相変わらずいい気はしませんが。。


生活に慣れてきて、性格や文化の違いに戸惑う事が増えてきました。
割り切る部分と気を使う部分の線引きを見極める必要がありそうです。


「陽気でプライドが高く、他力本願で物事にルーズ。
言い訳が多く謝らなくて、本質をすり替え、責任転嫁する。」

仕事に関していえば、ナミビア人はこんな感じです。


すごく優しくて、気のいい国民性だと思うのですが、
発展途上国である理由がありすぎて、何から対処すべきか戸惑ってます。



日本人の大切にする心を、南半球に来て学んでいます。

ちっぽけな島国の日本がなぜ経済大国なのか。

柔道でもマラソンでも、身体能力の劣る日本人がなぜ強いのか。

その理由が少しだけ分かった気がします。

2010年3月1日

加圧筋肉日記


加圧トレーニングを再開しました。

加圧トレーニングとは、腕や足などのある部位を縛って圧迫し、弱い負荷でも強い負荷を体に与えていると脳に勘違いさせてトレーニング効果の向上を図ろうという画期的なトレーニング方法です。


良い点として、

1、怪我しにくい(弱い負荷で行う事ができる)

2、血管が強くなり、使用してない毛細血管にも血液が行き渡る

3、美肌効果(血液を一気に流す事により、血管の老廃物も一緒に流れる)

4、アンチエイジング(老廃物が流れると同時に大量の成長ホルモンが分泌される)

5、通常のトレーニングより効果が長い(成長ホルモンによる)

6、遅筋・速筋両方が同時に鍛えられる

7、トレーニング時間が短い(逆に長時間やってはいけない)


やはり特筆すべきは成長ホルモンでしょう。

通常のトレーニングの5倍以上の成長ホルモンの分泌で、効果倍増間違いなしです。


私は株式会社ゼノアが開発した加圧ウェア「KAATS」を使用しています。
購入時にトレーナーの入念な指導・指示があります。

指導なしでの加圧トレーニングは場合によっては命の危険もありますので絶対に一人ではやらないで下さい。


久しぶりに「コフーコフー」と不思議な呼吸を行っているときに帰ってきたなと興奮しました。


最後の腕立て伏せのとき、筋肉の声が聴こえました。

私がよそ見しても、必ず待っていてくれる筋肉に感謝します。