2012年3月25日

English school in Davao City, Philippines













今フィリピンのダバオにいます。

フィリピン共和国は、東南アジアに位置する共和制国家です。島国であり、フィリピン海を挟んで日本、ルソン海峡を挟んで台湾、スールー海を挟んでマレーシア、セレベス海を挟んでインドネシア、南シナ海を挟んでベトナムと対しています。

ダバオ市は、フィリピン南部ミンダナオ島のダバオ・デル・スル州にある、メトロ・マニラ、メトロ・セブに次ぐフィリピン第3位の都市です。民族は、ビサヤと呼ばれていて、セブアノ語を話します。公用語は英語です。果物が美味しくて安く、市場を通るとドリアンの匂いが漂ってきます。

そんなダバオで、英語学校に通っています。日本人数名と韓国人たくさんの韓国人経営の英語スクールで、ダバオ市で唯一ETS(Test of English as a foreign language)公認の学校です。要は、TOEICやTOEFLをやってる組織認定の学習施設で、学校内で試験を受ける事も出来ます。

ダバオでの学習も一ヶ月が経ち、少しだけ落ち着いてきました。ここでの生活をご紹介します。

 7:00  起床
 8:00~ 8:20  Vocabulary Test
 8:30~ 9:20  Speaking Lecture
 9:30~10:20  Wrighting Lecture
10:30~11:20  Self-Study
11:30~12:20  Reading Lecture
12:20~13:30  Lunch
13:30~16:20  Self-Study
16:30~17:20  Listening Lecture
17:20~18:00  Dinner
18:00~19:30  Exercise, Shower
19:30~22:00  Self-Study
22:30~ 0:00  Self-Study
0:00~  自由

書いていて思いましたが、やはりスパルタ学校です。平日は外出禁止で、単語テストの結果によっては週末も外出が制限されます。学習は自分の部屋ではなく基本的に自習室で全員やらされるので、一生懸命勉強しているみんなを見るととても刺激になります。

肝心の成果なのですが、やはりなかなか難しいです。語学は一日にして成らず、筋肉は一日にしてならず。語学は嘘をつかない、筋肉も嘘をつかない。もはややるだけです。


休日は少しのんびり出来ます。フィリピン料理を食べたり、韓国人とお酒を飲んだり、日本人の生徒と語らったり、なかなか有意義な時間です。みんなそれぞれ目標を持っていて、話を聞くとすごくやる気になります。みんな愉快です。



そしてやはり、フィリピン人は非常に陽気で楽しいです。町を歩けばバーでは生演奏が流れ、みんな歌って笑って、見てるこっちも楽しくなります。乗り合いバス(ジプニー)での移動は現地の人からいろんな話が聞けて、砂埃と排気ガスを全身に浴びる事ができる大好きな時間です。


独特の重たい空気にワクワクします。

アジアの喧騒が大好きです。


2012年1月27日

忘れられない事

この2年間で一番記憶に焼きついているのは、協力隊員の、仲間の交通事故での死でした。

2週間前にオウタピに来て、途上国の現状での悩みをお互いに語り、帰国後の夢を語り、自分の不甲斐なさを二人で笑い、福岡に帰ってからの飲み会に思いを馳せ、飲んで、歌って、踊って、楽しい楽しい夜を過ごしました。

事故の直前になる日曜日の午前中に連絡し、イベントの事を軽く話し合い、来週の再会を約束しました。

次の日の午前中、突然の連絡を受けたあと、全く意味が分かりませんでした。頭が真っ白になり、急に手が震えだし、具合が悪くもなりました。
その日に予定されていた事を全てキャンセルし、その日のうちに首都へ上がりました。

事務所に到着してすぐ、狼狽し、泣きじゃくり、顔が真っ青になったそれぞれの隊員に会いました。
次の日に、婚約者に会いました。
その次の日に、ご両親に会いました。
全てが信じられない中で粛々と進んでいきました。

「私友だち少ないんですけど、なんか緒方さんとは一生の友だちになりそうな気がするんですよ。福岡でもよろしくお願いしますね。あはははは~。」

今でも信じられません。

数週間に一度、同僚がHIVで友人を亡くしているのを、何となくしか感じ取れていませんでした。
人の死、人の命一つひとつに考えられないやりきれなさがあるという事を、奇しくも日本人の仲間の死、という事で思い知らされました。

青年海外協力隊で派遣される場所は、世界でも比較的に治安が落ち着いている場所に派遣されますが、「日本と比べて」安全ではないという事をいつも考えてほしいです。私のいるナミビアの交通事故率も、人口比で考えるとありえない高さだと思いますし、私がいるたった2年間でも、安全といわれて派遣されていたチュニジア、エジプト、シリアなどの国では強制退避の命令が下され、ケニアの首都では爆破テロがあり、ザンビア、ボツワナ、マラウイも一時入国禁止になりました。

途上国にいると、安全への感覚が麻痺します。穴が開いている道路で130キロで疾走する旧型のトラックの荷台に大勢乗ってガンガン追い越しを駆けていく、というこの国での普通は、日本で一車線の高速道路で荷台に乗って、ガンガン追い越しをかけているのよりだいぶ危険です。

少しでも心の中に注意する気持ちがあれば、たった少しでも危険を察知する可能性は上がると思います。
どうしようもない事も、どうしようもない時ももちろんあると思います。
ある程度の覚悟をして途上国に来たその気持ちを、ある程度の期間がたってからも思い出してほしいです。

世界中でボランティアをしている全ての人が安全に帰国できる事を望みます。